インフラストラクチャーは国民の生活基盤ですが、なぜ、インフラストラクチャー投資のようなもの、あるいは、そう自称するものはあっても、真のインフラストラクチャー投資がないのか。
英語のインフラストラクチャー(infrastructure)とは、例えば、軍事用語としては、航空機や艦船を使った作戦展開のために必要となる空軍や海軍の基地のように、恒久的に設置された施設を意味します。同様に、陸運業における道路、海運業における港湾施設、空運業における空港施設のように、産業の基底にあって、その成立基盤をなす恒久施設をインフラストラクチャー、あるいは簡略化してインフラというわけです。
インフラストラクチャーの多くは、国や地方自治体などの公共部門によって設置運営管理されていて、無償で提供されているものもありますが、利用料等の課されているものもあります。民間部門から提供されているインフラストラクチャーは、当然のことながら、利用料等を徴収しています。そこで、公共部門のものであれ、民間部門のものであれ、利用料等の形態で現金を創造する限り、インフラストラクチャーは投資対象になり得るわけです。
どうして、公共部門のインフラストラクチャーが投資対象になり得るのでしょうか。
「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」というのがあって、その第二条第七項に、「この法律において「公共施設等運営権」とは、公共施設等運営事業を実施する権利をいう」との定義があります。民間の事業者は、この公共施設等運営権を取得することで、公共施設等に含まれているインフラストラクチャーについて、公共施設等運営事業を行えるのです。なお、公共施設等運営権は、英語で、コンセッション(concession)と呼ばれることがあります。
では、公共施設等運営事業とは何か。同条第二項は、まず、特定事業を定義して、「公共施設等の整備等に関する事業であって、民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用することにより効率的かつ効果的に実施されるものをいう」とし、更に、同条第六項は、特定事業のうち、「公共施設等の管理者等が所有権を有する公共施設等(利用料金を徴収するものに限る。)について、運営等を行い、利用料金を自らの収入として収受するもの」を公共施設等運営事業と定義しているのです。
ちなみに、同法の通称はPFI法ですが、PFIとは、プライベート・ファイナンス・イニシアチブ(Private-Finance-Initiative)のことで、法律の定義にあるように、公共部門の事業について、「民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用することにより効率的かつ効果的に実施されるもの」をいうのであって、いわゆる民営化とは本質的に異なるものです。
では、投資対象は、インフラストラクチャーそのものではなく、インフラストラクチャー事業なのでしょうか。
不動産投資とは、不動産事業を営む企業に投資することではなく、不動産そのものに投資すること、即ち、不動産を取得し、それを賃貸に供することで、賃料という現金を発生させることです。つまり、不動産投資とは、資産性所得、即ち、資産から生じる現金を得ることであって、事業性所得、即ち、事業活動から生じる現金を得ることではないのです。
インフラストラクチャーも不動産なのであれば、この原則の通りに、インフラストラクチャー投資は、資産を取得し、それを事業者に賃貸し、利用料収入等の資産性所得を得ることになるはずです。しかし、公共施設等運営権を通じたインフラストラクチャー投資においては、資産は公共部門によって継続所有されるのですから、単に、その運営権を取得して、公共部門に替わって事業を行うわけで、まさに事業性所得を得ることになるのです。
民間部門のインフラストラクチャーについては、不動産投資と同じ構造で、資産への投資がなされるのでしょうか。
民間部門のインフラストラクチャー投資については、二つの重要な論点を指摘できます。第一は、民間部門には、真にインフラストラクチャーと呼べるほどの資産はなく、実際に投資対象になり得るものは、インフラストラクチャーに準じたものとして、非常に広い範囲の事業者に利用される設備等に限られていて、現実には、発電装置等のエネルギー関連設備や、データセンター等の情報関連設備などになることです。
第二は、インフラストラクチャー資産は、インフラストラクチャー事業から明確に分離され得ず、無理に分離しようとするには、多くの困難が伴うことであり、無理に分離する実益に乏しいことです。例えば、データセンターについて、インフラストラクチャー投資というためには、内部の装置を含めた全体を取得し、それを事業者に賃貸することになりますが、装置の所有に伴う維持管理業務と、その利用に伴う事業上の業務とを明確に区別することは容易ではなく、また、区別する実益もないのです。
現実に、インフラストラクチャー投資はなされているのでしょうか。
インフラストラクチャー投資と呼ばれ得るためには、第一に、公共部門のインフラストラクチャーを含み、第二に、不動産、あるいは装置等の動産から生じる事業性所得を含む必要があって、更に、第三に、単なる不動産投資であってはならないわけです。
逆にいえば、民間部門のインフラストラクチャーに準じた領域だけに投資するのであれば、エネルギー基盤投資とか情報基盤投資と呼ばれるべきであり、事業者への出資等の方法で事業性所得だけを得るのであれば、単なる非公開株式投資であり、データセンターの建物や倉庫等に投資するだけなら、単なる不動産投資だということです。
このようにインフラストラクチャー投資を狭く定義すると、現実に存在しているのは、東京証券取引所のインフラファンドの部に上場されている投資法人と、「投資事業有限責任組合契約に関する法律」に基づく投資事業有限責任組合を通じた投資に限られると考えられます。
インフラファンドとは、どのようなものでしょうか。
東京証券取引所には、J-REIT、即ち、「投資信託及び投資法人に関する法律」に基づく不動産投資法人が上場されていますが、インフラファンドも、法律上は、同じ投資法人なのであって、投資対象が異なるために、別の部に上場されているのです。
投資法人が取得できる投資対象は、政令に列挙されているものに限られるのですが、そこには、「再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法」に規定される再生可能エネルギー発電設備と、公共施設等運営権とが含まれていて、インフラファンドは、この二つだけを投資対象にしたものであり、逆に、不動産投資法人は、この二つに投資できないようになっているわけです。
インフラファンドは、公共施設等運営権に投資しているのでしょうか。
現時点で、5銘柄のインフラファンドが上場されていますが、その投資対象は、太陽光発電設備に限られています。このインフラファンドという名称に反した実態の背景には、様々な制度上、あるいは実務上の難問があるのですが、なかでも、特に障害になっているのは、投資法人に課されている賃貸要件、即ち、投資法人は、制度上、資産性所得しか得ることができず、必ず資産を事業者に賃貸しなければならないという条件です。
この賃貸要件のもとでは、公共施設等運営権を投資対象に構成することは極めて困難です。まさか、運営権を取得したうえで、それを第三者の事業者に賃貸できるとも思えないからです。また、再生可能エネルギー発電設備にしても、設備の所有に伴う維持管理業務と、それを稼働させて発電することに伴う業務とを明確に区別することは難しく、故に、それが可能となっている太陽光発電設備だけに、対象が限られるのです。
投資事業有限責任組合では、公共施設等運営権に投資できているのでしょうか。
投資事業有限責任組合は、基本的には、インフラストラクチャー事業者に出資して、事業性所得を得る仕組みですから、公共施設等運営権についても、それを取得した企業に出資すればよく、実際に、そうした投資事例があります。しかし、逆に、投資事業有限責任組合は、原則的には、不動産や、発電装置のような動産を取得することはできないわけです。
・投資法人は不動産と動産が一体化したものを取得できるのか(2025.8.28掲載)
投資法人である不動産投資法人(J-REIT)とインフラファンドは、税制特例措置があるため投資対象が厳格に定められています。資産対象を広げるには、「投資法人」にこだわらず、より広い視点で考える必要があります。
・株式が投資対象なのは発行体企業が現金創造装置だから(2025.8.7掲載)
不動産投資法人は税制優遇があり、それに対応した規制が課せられます。投資判断する際、税制の優遇によって得られる利益だけこだわらず、それに伴う制約と生じうる利益を合わせて考慮すべきです。
・原子力発電はバンカブルではない(2012.12.20掲載)
インフラ事業には膨大な資金が必要になるため、資金を安定的に調達しやすい仕組みを作ることが重要です。原子力発電を例に説明しています。
(文責:ティ)
次回更新は、9月11日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。